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まなぶ

特別支援学校は子どもを隔離しているのか保護しているのかという話

3月の中旬から日中の眠気がひどく、あまり集中できない時間が続いていて上を見上げる余裕もありませんでしたが、4月になって上を見上げればいつの間にか桜が満開になっております。春でございます。

春といえば進級や進学といった人生に関わるイベントがある時期でもあります。

以前のコラムで書きましたが、私は中学2年のときに普通学校から地元のろう学校に転校して、平日は寄宿舎で生活し、土日は帰宅するという生活になりました。

そのあと、千葉県市川市にあるろう学校の高等部に進学して、それ以降は長期休暇以外は殆ど実家に戻っていません。そういう意味では実家から離れるのがとても早かった、と言えるでしょう。

今では聴覚障害があったり発達障害のある子どもが一般的な学校で授業を受けることも珍しくありませんが、私が子どものころは障害児の教育は「特殊教育」と言われていて、「障害のある子は普通の子どもとは別環境に置いて育てる」という方針が強くありました。

私も今の「特別支援教育」ではなく「特殊教育」の中で育てられた世代、ということになります。

今から思うと、他の学校や障害のない学生との交流が非常に乏しく、寄宿舎の外に友人もいないような状態でしたし、カリキュラムもかなり独特でした。

学力を身につけるよりも手に職をつけて社会で食えるようになれたら成功、というような雰囲気もありました。そういう意味ではやはり特殊だったように感じます。

今の特別支援教育は障がいがあるから一律に障がいに合わせた教育をすればよい、というものではなくて、一人一人に見合った支援を行い、子どもたちの良いところを伸ばす、というのが理念の一つとしてあります。

もちろん、それが完全に機能しているとは思っていませんが、それでもそのようなポリシーが掲げられたことは特殊教育の時代とは違うのだなぁ、と思ってしまいますね。

私が生きてきて後悔していることがいくつかありますが、その一つが大学に行かなかった事です。

正確には筑波技術短期大学という聴覚障がい者と視覚障がい者専用の短大がありましてそこに進んだのですが、好きな学びがそこにあるからというよりもなんとなく手に職をつけるため、という流れでした。

心理学とか歴史とかいろいろ興味があることはあったのですが、当時は聴覚障害のある人が受験そのものを断られるというのが当たり前の時代でしたし、塾に行こうにも塾に支援もなければやはり塾自体に入ることも断られることもありました。

まぁ、そういうのがいろいろ重なって四年制の大学に進学をあきらめたわけですが、それがかなり大きなコンプレックスになっているところはあります。

もし、当時から今のように一人一人に見合った教育を受けられて、大学の進学も障害を理由に断られないような時代なら…と考えると、世の中の流れが良くなっていることを実感すると同時に、悔しさのようなものもどうして感じずにはいられません。

まぁ、そういう進路になったおかげで紆余曲折あってこういうふうに文書を書いているのも不思議なものですが。

しかしまぁ、ろう学校のときに先生に言われたことは「ここは社会の偏見や冷たい目から守られた温室である」と言われたことがあります。

私自身はろう学校にいっていなければ中高でもっといじめを受けていた可能性もありますし、自立しようという気概もへし折られていたかもしれません。

もちろん、いまでも障がい者に対する差別や偏見は尽きることはありませんが、それでも昔よりはマシな部分も増えてきていると感じています。

普通の学校で障害のある子どももそうでない子どもが学べる環境を作ることはもちろんそれ自体がいろんな軋轢を生む場合もあるのですが、障害で分け隔てのない社会を作るためには必要な箏だと感じています。

一方で、やはりそれでも普通の学校になじめない障害のある子どもたちが特別支援学校に進学することはそれもそれで必要なことでしょう。

特別支援教育は一人一人に見合った教育をすることですので、それが特別支援学校に進むことなら躊躇する必要もないんじゃないかな、というのが普通学校もろう学校も経験した私の考えです。

ただ、本来は一人一人の見合った教育をするというのは教育の原則のはずですが、特に日本は集団生活になじめるどうかが重視される時代が長く、今でも集団生活になじめない子がいじめの標的になりやすいのではないでしょうか。

子どもの自殺が過去最高を記録した、という痛ましいニュースも流れていますが、今一度、教育の目標とかを見直す機会でもあるのではないかなぁ、と思うのです。

まぁ、私は余裕があれば放送大学とかに行きたいのですが、余裕ができるのはいつの事やら…。

きむら

きむら

聴覚障がいとADHDの特性を持つしろひげ在宅診療所スタッフ。山形県出身。ASDと軽度知的障がいのある妻と江戸川区で二人暮らし。ろう学校を卒業したあとさまざまな職を転々しつつ独自のADHDライフハックを研究している。くらげというペンネームでライター活動などを行っており著書に「ボクの彼女は発達障害」がある。

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