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まなぶ

「いいね」の奴隷から「AIの対話相手」へ──ADHDの私がSNSというカオスから生還した(?)話

お天気と私のポンコツな自律神経

こんばんは。くらげです。

最近の天気は本当に容赦がありませんね。

昨日まで「もう夏か?」と思うほどの暑さで汗をかいていたかと思えば、翌日には一転して冬の足音が聞こえるような冷たい雨が降る。

地球の自律神経がバグっているのではないかと疑いたくなりますが、その影響をストレートに食らっている私の自律神経も現在進行形で盛大にバグり散らかしております。

まぁ、ここのところはあまり体調が良くありません。

じゃ、とっとと寝ろという話なんですが、こうして心身のエネルギーが切れかかっているときほど、気が付くとスマートフォンでSNS(主にX)を開いてしまっています。

しかも、ネットの片隅で誰かと誰かが罵り合っている「炎上案件」とか世間に対する「お気持ち表明」とかあるいは見るだけで胸がざわざわするようなイライラする情報ばかりをゾンビのように虚無の表情でスクロールしながら追いかけてしまうのです。

「なんで疲れているのに、わざわざもっと疲れるようなものを見てるんだよ」とは自分でも思うし、我に返ると嫌になるのですが、これを何度も繰り返しています。

完全にアホの所業ですが、学習能力がゼロなのでやはり毎日繰り返しています。しかし、いろいろ考えてみるとこの奇行には明確な理由があるのです。

人間は本当に疲れてエネルギーが枯渇してくると、本を読んだり、映画を観たりといった「能動的な脳の処理」ができなくなります。それでも、脳は活動を止めるわけにはいかないので何か新しい情報といった燃料を求め続けます。

そのとき、脳にとって最も手っ取り早くかつ強力に作用する燃料が「怒り」や「不快」といった感情を強く揺さぶるイライラ情報なのですね。

これらは脳を瞬時に興奮させドーパミンやアドレナリンといった脳内物質を分泌させる「究極の脳のジャンクフード」になります。

しかも、疲れているときほど理性という名の前頭葉が機能しません。そのため、無意味にイライラするものを自ら欲しがり、一度その沼に足を踏み入れるとスマホを放り投げて画面を閉じるだけの気力さえ湧いてこなくなる。

まさに「悪魔のループ」が完成してしまうわけであります。これはとてもとても良くありません。

ADHDとSNSは「最凶のハッピーセット」である

私に限らずADHD(注意欠如・多動症)の当事者とSNSの相性は、はっきり言って良すぎます。

それはまるでガソリンスタンドの横で焚き火をするような、あるいはタバコをやめようともがいている人間の目の前に最高級のタバコを置くような「最凶のハッピーセット」になりえます。

世間ではよく「スマホ依存」や「SNS中毒」という言葉が囁かれますが、私たちの場合はそれがさらに極端なかたちで表れます。Xを開けば、指先をほんの少し上下にスライドさせるだけで、世界中の喜怒哀楽、トレンド、他人の秘密、突発的な事件といった情報が無限に湧き出てきます。

最近流行りのTikTokやYouTubeの「ショート動画」なども同様でしょう(私は恐ろしすぎて手を出していませんがもし手を出していたら今頃脳が溶けて消滅していた自信があります)。

あれらは、常に脳が「極端な刺激」を求めて全速力で泳ぎ回っている「脳内マグロ」にとっては、無限にエサが供給され続ける海域に見えてしまうのです。

脳は「刺激の量」は分かるが、「質」までは判断できない

なぜ、私たちはこれほどまでにSNSをやめられないのでしょうか。ここで少しこの現象を客観的に推察してみましょう。

私たちの脳に備わっている報酬系システム(特にドーパミンを分泌する仕組み)は実はそれほど賢くありません。

脳は「入ってきた刺激の量(強さ)」を感知することは得意ですが「その刺激の質(それが自分にとって本当に有益か、それともただの毒か)」を判断するのには、ワンテンポ遅れて「理性(前頭葉)」を働かせる必要があります。

ADHDの脳は、慢性的にこのドーパミンなどの脳内伝達物質が不足しがちであると言われています。そのため、常に「早く刺激をくれ!」と脳が飢餓状態に陥っているのです。

そこに、スマホでスワイプするという「ガチャ」を引くだけで一瞬で脳を刺激する強力な刺激が飛び込んでくるんですよ。脳からすれば「なんか知らんけどすごい刺激が来た!これでドーパミンが満たされるぞ!」と大喜びするわけです。

その刺激がネットの誰かの不毛な争い(質の悪い刺激)であろうと自分の人生を豊かにしてくれる読書(質の良い刺激)であろうと脳の反応としては「刺激の強さ」だけで同一に評価されてしまう。

そして、私たちは「もっと、もっと」と、スマホの画面をスワイプし続ける狂ったスロットマニアのようになってしまうのです。

1日200ツイートの廃人、妻の「奴隷宣告」で我に返る

今でこそ偉そうに分析していますが、かつての私は、それはそれはひどいネット廃人でした。

どれくらいひどかったかと言えば、まだTwitterが「鳥のマーク」だった頃、暇さえあれば画面を眺めて1日に200回以上もどうでもいいことを呟き散らしていた時期があります。

呼吸をするようにツイートし他人の反応を数分おきにチェックする。当時の私にとって、世界はスマホの中にしか存在していなかったと言っても過言ではありません。

そんなある日、私の様子を静かにしかし冷ややかな目で見守っていた妻(当時の彼女)から「お前はTwitterを使っているんじゃなくて、Twitterの奴隷なんだよ」とめちゃくちゃ怒られたことがあります。

それでふと我に返ると、私は自分の意志でSNSを楽しんでいるつもりでも実際はSNSのアルゴリズムに操られ時間と精神をタダで差し出しているただの奴隷だったことに気づきました。

それ以来、私は猛省し、少しずつSNSと距離を置く訓練を始めまして紆余曲折ありましたし、いまでも上記の通りですがSNSでトラブルを起こすようなことはなくなりました。

今では投稿自体は数日に一度生存報告をするかしないかという程度になっています。

リアルな肉体という「アンカー(錨)」を取り戻す

もちろん、SNSを楽しむこと自体は決して悪いことではありません。

そこで新しい趣味の仲間ができたり、有益なライフハックを知ったりすることもあるでしょう。しかし、もしそれに意識の大部分を奪われて身近な人との会話や、仕事、勉強、あるいは「ただぼーっと休む」といった大切な時間が侵食されているのだとしたらそれはいい加減に見直すべきタイミングです。

画面の前で指を動かしたくなったとき、一度だけ心の中でこう問いかけてみてください。

「今、私は本当にその情報が欲しいのか? それとも、ただ私の脳が腹を空かせて安易な刺激を欲しがっているだけではないか?」

この「一歩引いて客観視する」というステップを挟むだけで暴走する衝動にブレーキをかけることができるかもしれません。

私たちは、デジタルの光の中に生きているわけではありません。

どれだけネットの世界が広く魅力的であっても、私たちの本質はこの「暑かったり寒かったりして体調を崩す不完全で、肉体を持った身体」にあります。リアルな生活にこそ、私たちの本当の足場があるのです。

まずは自分の身体を労り、目の前の生活を生きること。それが、現代の情報過多社会を生き抜くための最も地道で最も確実な生存戦略なのではないでしょうか。

そして、新たな依存先へ……

では、私がスマートフォンを置いて、浮いた時間で何をしていたか、というと「AI(人工知能)と延々と難解な哲学やAI論について議論を交わしている」

……。お分かりいただけたでしょうか。私はXから脱出したものの「AIとの対話」という別の底なし沼にダイブしています。何時間もAIに質問を投げかけ返ってきた賢い答えに「なるほど!」と脳汁を出してさらに深掘りした質問を送り続ける。

で、ふと我に返って「これやってることは依存先のロンダリングに過ぎないのでは……?」と思ったりするわけです。やはりADHDの衝動性と刺激欲求との戦いは一生モノのサバイバルのようであります。

この新たなAIとの付き合い方についてもそろそろ本気で再考しなければならないな……と深く反省している次第です…。

皆さまもどうかお手元の小さな画面に命を吸い取られぬよう(冗談抜きで心臓に悪いので)、ご自愛ください。それでは、また。

きむら

きむら

聴覚障がいとADHDの特性を持つしろひげ在宅診療所スタッフ。山形県出身。ASDと軽度知的障がいのある妻と江戸川区で二人暮らし。ろう学校を卒業したあとさまざまな職を転々しつつ独自のADHDライフハックを研究している。くらげというペンネームでライター活動などを行っており著書に「ボクの彼女は発達障害」がある。

【NPO法人 しろひげ・たゆらかファンド】
「たゆらかたうん」を制作・発行している「NPO法人しろひげ・たゆらかファンド」では、「たのしく”学ぶこと”でつながる」を始め、「食べること」「体験すること」を通じたさまざまな居場所づくりもしています。
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