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発達障がいのキャリアは迷走から始まるという話

1月も半ばになりますとさすがに新年気分も抜けますが、同時に正月に立てた目標なども、うすぼんやりとしてきた方も多いのではないでしょうか。

私も「ダイエットをするぞ」と意気込んだことも忘れてお昼にラーメンをすすっている次第です。ダメですね。

■キャリア迷走の41年

さて、この毎週更新のコラムも4回目ですが、転職してから一ヶ月経ったという事でもあります。
だいぶ職場にも慣れてきて封入作業から企画の検討までいろいろな仕事を任されるようになりましたが、思った以上にいろいろなことができるので自分でも驚いている、というのが正直なところです。

なぜいろいろできるかと言えば、まぁ41歳なので経験を積んでいるのは確かです。
公務員や大学の事務員の仕事をしていたこともあれば配送業・引っ越し業に片足突っ込んだこともありますし、本を出したこともあればWebライターとして食べていたこともあります。


スタートアップ界隈にいたこともあればタイミーでいろんな仕事をザッピングしたこともあります。もはやキャリア形成というよりもキャリア迷走というのにふさわしい状態です。

■迷走の原因としての障がい

なぜこんなに迷走したかといえば、やはり聴覚障がいとADHDの問題が大きいことは間違いない。

まず、聴覚障がいという時点で履歴書を受け取ってくれるところが減りますし、私の得意なライティングを活かせるような障害者雇用もかなり少ない。数少ない履歴書を受け取ってくれたところに就職してもADHDの問題でちょっとしたトラブルが重なって辞めてしまったりといろいろありました。

そういう意味では私ほどキャリア形成を語るのに向いていない人はいません。

■キャリアより先に「どう生きたいか」

しかし、それでもなぜか私に「どうしたらキャリア形成ができますか」と相談してくる発達障がいの方もおられまして、そういう方には「まずはキャリアの前に自分がどう生きたいか考えれば?」と言っています。

キャリア形成という言葉はどこか「普通に働かなければならない」という含みが入っているように思うのですが、しかし本来は「どういう生活をしたいのか」があってこそ「どれだけの収入があってどれだけの負荷の仕事ならいいのか」という計算ができるのではないかと思うのです。

残念ながら、発達障がいに限りませんが障がいがあると、いわゆる「普通の仕事」をすることに対しては負担が重すぎるということがほとんどです。障害者雇用の場合はどうしても給料が安く据え置かれていることもあり、就労支援の施設でも生活できるだけのお金を得るのは難しい。

障害年金はありますがそれだけで食べていける額ではないですし、そもそも障害年金がもらえない障がい者も多い。そういう厳しい現実は少なくともこの先数年でどうにかなるというものではないのです。

■それでも抜け穴を探す

しかし、障がい者といってもとりわけ発達障がいの場合は人によってできる事・できない事に幅があり、社会に絶望的な壁があるからといって「自分がくぐれる抜け穴」があることも多いのです。

たとえば私は障害者雇用で就職した事務職にはことごとく敗北していますが、どういうわけかライティングが得意で、それを磨いているうちにライティングで食べられるようになりましたし、調べ物が得意なことで転職にもつながりました。

ASDの友人は普通に就職したけど不適合で仕事を辞め、精神科のリハビリで絵を描くことを勧められたことをきっかけに障がい者アーティストとして有名になり、それがきっかけで会社に就職することができました。

別なADHDの知人に至っては一般就労をしたあと、「自分にこの仕事は無理だ」と起業して、いろいろ大変そうですが刺激的な毎日を送っております。
そう考えてみると、自分の知り合いで人生をエンジョイしている発達障がい者は「一度、普通のキャリアから脱落したあとにどう立て直すか」を選んだ人ばかりですね。人生の迷子の達人ばかりとも言えます。

では、ただ単に迷子になればいいかというとそうではなくて、先に書いた「どんな生活をしたいのか」「どんな負荷なら耐えられるのか」を考え続けることは一つの道標でしょう。よく「無理をするな」と言いますがそもそも障がい者として普通の社会の中で生きることはそれ自体がかなりの無理と無茶を繰り返すことです。

ですから、どの程度の無理なら耐えられるか、その無茶に耐えてまでやりたい生活とはどのようなものか、という基準を定めておくと働く上できつい時に前進するか撤退するか選ぶこともできるのではないかな、と思います。

あと、「発達障がい者が並の人にはない才能がある」とよく言われますが、それは間違いで「社会で生き残れる発達障がい者はなにかしらの尖った才能がある人が多い」という身もふたもない話だと私は理解しています。しかし、これも考え方次第では自分のとがった部分を探して伸ばしてみる、ということは絶対不可能ではないのですよね。

先程の友人知人もそのような特徴を自分で見つけた結果、キャリアをリスタートさせた良い例なのではないでしょうか。
そして、尖ったところがない人間というのもまた少ないものです。ほんの小さな偏りや癖が環境次第で武器になることもあります。だからこそ、自分の“とがり”を探してみる価値はあるのだと思います。

■人生は「そんなはずでは…」の連続

中年に差し掛かると障がいの有無に関係なく、「人生ままならぬ」と感じると同時に「なんかしらんが助かった」という瞬間も経験していると思います。若いことに考えていた将来にたどり着いた、と言い切れる人はよほどの超人以外いないと思います。むしろ、「そんなはずでは…」という連続なのではないでしょうか。

ところで、最近よく見るようになった言葉に「計画された偶然性(プランド・ハップンスタンス)」というものがあります。これは「キャリアは計画通りにはいかない。むしろ偶然の出来事を活かす力が大事」という考え方なのですが、同時に「なにか計画して動かないと偶然も起きない」ということでもあります。

障がいがあることで人生をあきらめたくなるのは当然ですし、自分もかなり追い込まれて酒まみれになった時期があります。しかし、どういうわけか今から思うと思わぬ行動がつながってどうにか生き延びて今に至っています。

何を言いたいかというと、とにかく前向きに倒れてみればそれも前進ですし、その転倒が思わぬ未来を生み出すこともあるということです。

ただ、その倒れる方向性は「どんな仕事や生活がしたいのか」という方に向いていた方がいいし、跡を残すなら少しでも深い方がいいし、立ち上がるときに石の一つでもつかんでいたらもしかしたら武器になるかもしれない。そういう生き方も全然アリなんだよなぁ、ということですね。

まぁ、楽な生き方ではないですし、とにかくこの世は生きにくいことばかりです。それでも絶望せずに足を止めないことが大事なのではないでしょうか。

■止まった足を動かすために

とはいえ、どうしても足が止まるときはあります。そのあとに歩き出すためには大きな力が必要になることもあります。そういうときは素直に人や組織に頼ってみることも大事なのではないでしょうか。

江戸川区の瑞江駅徒歩1分のところにある居場所「江戸川区駄菓子屋居場所 よりみち屋」は止まってしまった足を動かすために就労体験を受けることもできます。お近くでキャリアについて悩んでいる方がおられましたら、ぜひ一度遊びに来てください。

また、「たゆらかたうん」でもさまざまな情報を発信しています。このたび、Vol.7ができました。今回のテーマ「不登校」でたいへん充実した内容になっていますので、もし見かけたら手に取っていただければ幸いです。

■また来週

というところで、今回はこれくらいで。

かなり厳しい寒さが続きそうですが、皆様温かくしてお過ごしください。わたしは体を温めるために温かいラーメンを食べたいです。だめですか。そうですか。

きむら

きむら

聴覚障がいとADHDの特性を持つしろひげ在宅診療所スタッフ。山形県出身。ASDと軽度知的障がいのある妻と江戸川区で二人暮らし。ろう学校を卒業したあとさまざまな職を転々しつつ独自のADHDライフハックを研究している。くらげというペンネームでライター活動などを行っており著書に「ボクの彼女は発達障害」がある。

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